3⁻ⁿグルーヴと2⁻ⁿグルーヴ
人間のリズム感は、でたらめに演奏していると感じている時に最もはっきりとその本質が正体を表します。 私達日本語話者は、自由に演奏していると感じている時でも、その演奏するリズムは必ず、特定の数学的法則があらわれます。どんなに自由に演奏していると感じても、そこに必ず特定の数学的パターンが表れ、必ず特定の数パターンに収束します。
もちろん海外の人々が自由に演奏していると感じる時にも数学的パターンは表れます。しかしそのパターンは多層でありそこには多次元性があり、無数のパターンに発散します ─── 果たして日本人は、完全な音楽的自由を得ることは出来るのでしょうか。
リズムが持つ数学的な法則と言語の関係を観察すると、日本語には 2⁻ⁿ英語その他のストレス拍言語には 3⁻ⁿと表現することがとてもふさわしいパターンがそこにあることがわかります。ここでは 2⁻ⁿグルーヴ と 3⁻ⁿグルーヴについて見ていきたいと思います。何故日本人だけにはこの様なパターンに収束するのでしょうか。 そして何故英語話者その他の言語の話者は、多様なパターンに発散するのでしょうか。
日本語の2⁻ⁿリズムから英語の3⁻ⁿリズムへ
日本語を母国語として話すミュージシャンはしばしば世界で音が四角いと評されます。これは何故でしょうか。それは日本語のリズムが 2⁻ⁿリズム だからです。一方、海外のリズムは丸みがあるグルーヴしていると言われます。それは何故でしょうか。何故なら世界中の大半のリズムは3⁻ⁿリズムによって構成されているからです。2⁻ⁿリズム、3⁻ⁿリズムとは一体何でしょうか。まず、このことについてまず見てみましょう。
日本語は、末子音がないので1音節が『頭子音+母音』の2要素で構成され、それをレゴブロックの様に繰り返し並べることでリズムを作るので、どうやっても必ず2連符4連符8連符16連符になり、だから8分音符構成=厳密に言うと2⁻ⁿリズム(1/2,1/4,1 /8,1/16…) 構成になって、音符がずれる距離も2の倍数で割り切れる位置に収束しますが、しかし英語は末子音があるので、1音節が『頭子音+母音+末子音』の3要素で構成され、それを音符1つ1つに2〜3音節を割り当てた状態で母音を等間隔に並べるので、どうやっても必ず9連符とか27連符81連符になり、だから3連符構成=厳密に言うと3⁻ⁿリズム(1/3,1/9,1/27,1/81…)構成になり、音符のずれも3⁻ⁿで割り切れる位置に収束します。
日本人がグルーヴを感覚的に理解できない理由はここにあります。─── 英語の音楽が何故3⁻ⁿになるのか…と表現するより、日本語の音楽が何故2⁻ⁿになるのかと表現した方がより本質を言い当てています。世界中のリズムの大半はシラブル拍リズムで末子音を持っています。末子音をもたない日本語のリズムの方がずっと奇異なのです。
日本語を話す人は、スイングの様に跳ねた3連符の3⁻ⁿリズムを演奏しようとしてもどこか硬さがのこり3連符独特な重みを持って跳ねる感じが出なません。それは末子音をもたない日本語では認識上のリズムが必ず8分音符(2連符)の2⁻ⁿリズムに収束してしまうからです。
フォノリズマトロジー理論 で説明した様に、ひとつの音符に1音節を割り当てるとその音符は3つに分割されます。英語の音節は3つの音素持っているからです。そして フォノリズマトロジー理論で説明した様に、複数の音節が集まると韻律節を構成し、1つの韻律節の中で頭音節、核音節、末音節と3つの要素に分類されます。よって1つの音符の上に2つ以上のシラブルを載せようとすると、次々に繰り返し三分割される結果となります。これが 3⁻ⁿ理論の基本的な原理です。
世界は3⁻ⁿ拍子で出来ている
『世界は3⁻ⁿ拍子で出来ている』の章で見てきた様に、世界の音楽=ジャズ・クラシック・中世ヨーロッパ以降の民族音楽は勿論のこと世界各地の民族音楽は、しばしば3⁻ⁿ拍子で出来ています。中には 表面上3拍子ではなくても、サブディヴィジョンに3連符構造を持っていたりする音楽もあります。このような曲は記譜上では一般的に 12/8 や 9/8 と記されます。これらは3⁻ⁿを底に持っているリズムの仲間という意味で、ここでは 3⁻ⁿ拍子 と呼びます。
3⁻ⁿ拍子には色々な形があります。シャッフルなどの中抜きがある形で3連符構造を持っている場合や、多重化して3×3=9拍子=9/8になっている場合もあります。中には3重に多重化して3×3×3=27拍子になっているものもあります。
このようにグルーヴする音楽は必ず3を基底に持ったリズム構造を持っています ─── ここでいう基底とは、リズム数(マクロディヴィジョン×ディヴィジョン×サブディヴィジョン×マイクロディヴィジョン=リズム数)の因数として持っているという意味です。
リズム数の因数として持っている3の数が多ければ多いほど、グルーヴが強くなる ───これは飽くまでも、観察から導き出された予想です。この予想をグルーヴの3⁻ⁿ予想と呼びます。 そしてこの予想に基づいて作られたリズムに注目した作曲理論を3⁻ⁿグルーヴ理論 と呼びます。
何故3のべき乗を分母とする分数のずれがあるとグルーヴするのか
もしもこの文章を読んでいる貴方が日本語を母国語とする日本語話者でしたら、「何故グルーヴするリズムは3拍子になるのか」という疑問をお持ちではないかと思います。この疑問を追求していくと、この疑問は「何故日本語話者は、2拍子を自然だと感じるのか。」という逆の疑問に帰結します。
結論を先にいうと、何故日本人は2拍子を自然だと感じるのか ─── それは音節(モーラ)が頭子音と母音という2要素で構成されているからです。 そして何故日本人以外の人々は、3拍子を自然だと感じるのか ─── これは音節(シラブル)が頭子音・母音・末子音という3要素で構成されているからです。
─── つまり 「何故3だとグルーヴしやすいのか』 ─── この視点は実は日本のとても独特な視点であり、むしろ『何故2だとグルーヴしないのか』『何故日本語のシラブルの音素数は例外的に2なのか』『何故日本語はグルーヴしないのか』という視点のほうがより、この問題の本質をよく捉えていると言い換えることも出来ます。
シラブル拍・ストレス拍が持っているシラブルの音素数が3つになっていることから、1つの音符を3に分割して発音が割り当てられることに繋がり、また複雑な歌詞を歌う場合は、その分割された音符を更に3つに分けたり、3つずつ束ねたりする習慣に繋がったのではないかと考えられます。
このように、3のべき乗を因数として持っているリズム数がグルーヴしやすいと考える理論を3⁻ⁿ仮説と呼びます。
0.037 の謎 〜 3⁻ⁿグルーヴ理論の実証実験
ジャズのスイングのニュアンスをDAWなどのコンピュータ上で再現することはとても難しいことが知られています。筆者は、日本社会のなかで、日本的な縦乗りリズムに陥ることなくジャズらしいリズムを維持したまま適切にジャズの演奏活動を行う難しさとぶつかり、コンピュータでスイングを再現したうえでソロを演奏する必要性を感じていました。ここから一般的なDAW上でどのようにしたら適切なスイングのニュアンスを実現できるか模索が始まりました。─── 音楽作成ソフト MuseScore3 にはタイミングをずらす機能があります。筆者は、これを使って様々な実験を行いました。実験を行うなかでいくつかの興味深い事象を観察しました。
最も興味を引いたことは、スイングのタイミングニュアンスを調整してグルーヴするように最適化していくと 0.037 という数字にしばしば収束するという現象が起こることでした。他にも 0.111, 0.222, 0.333 …という様な 0.111 の倍数になっているときに最もグルーヴが強くなるのです。ここからタイミングのずれが 3のべき乗を分母とする任意の分数になっている時に最も強くグルーヴするようになるという仮説が生まれました。これが 3⁻ⁿグルーヴ仮説です。
次の例は、実際に MuseScore3 を使って0.111(1/9) や 0.037(1/27) と言った数字を使ってタイミングを調整した上で自動演奏させた例です。
ゲーリック及び黒人教会音楽リズムがジャズ起源であるという仮説
3⁻ⁿグルーヴ仮説を検証していくなかで筆者は、恐らくジャズの起源となった音楽に、9拍子や27拍子の音楽が存在するだろうという予想を行いました。 ─── 9拍子・27拍子の音楽は、ジャズの起源となった黒人教会音楽のなかで見つかりました。 他にもスコットランドとアイルランドにいるケルト民族の一派であるゲール民族の民族音楽の中にも存在することがわかりました。
そこから、このような黒人教会音楽・ゲール民族の民族音楽のリズムに慣れ親しむことが、グルーヴを理解する助けになるはずだという予想が生まれました。
多層弱拍先行の基本単位を3に拡張する
これまで
| 位置 | 1拍目 | 2拍目 | 3拍目 | 4拍目 |
|---|---|---|---|---|
| 4分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ |
| 強弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 |
これまではこのように分析してきました。しかし3⁻ⁿ仮説を鑑みて再度分析すると次のようになると考えられます。
| 位置 | 1拍目 | 2拍目 | 3拍目 | 4拍目 | 5拍目 | 6拍目 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 4分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ||
| 強弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 |
これはリズムパターン「シャッフル」に相当します。
Aretha Franklin - Cold, Cold Heart8分音符に関しても同様にして強拍・弱拍の2つだけだったものを、3連符のスイング8分音符に置き換えましょう。
| 位置 | 1拍目 | 2拍目 | 3拍目 | 4拍目 |
|---|---|---|---|---|
| 4分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ |
| 強弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 |
| 位置 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ |
| 強弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 |
これまでこのように強拍弱拍の2を基底としたリズム構成だったものを、次のように3連符の3を基底としたリズムとして置き換えて見ます。
| 位置 | 1拍目 | 2拍目 | 3拍目 | 4拍目 | 5拍目 | 6拍目 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 4分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ||
| 強弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 |
| 位置 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ||||||
| 強弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 |
そしてこのように3連符に置き換えられた多層リズムについても、
| 位置 | 3拍目 | 4拍目 | 5拍目 | 6拍目 | 1拍目 | 2拍目 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 4分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ||
| 強弱 | 弱 | 強 | 弱 | 強 |
| 位置 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 1 | 2 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ||||||
| 強弱 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 |
これは一般的な記譜法で表現すると 18/8 に近いリズムとなります。
しかしこれではまだ完全ではありません。サブディヴィジョンとして弱拍強拍の2つしかなかった時と違い、3連符には3つの音があることにより、尻合わせを更にもう1段階進めることが可能だからです。
| 位置 | 2拍目 | 3拍目 | 4拍目 | 5拍目 | 6拍目 | 1拍目 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 4分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ||
| 強弱 | 弱 | 強 | 弱 | 強 |
| 位置 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 1 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 8分音符 | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ◯ | ||||||
| 強弱 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 | 弱 | 強 |
これで3連符上での尻合わせ最適化が完了しました。
上記の二重の弱拍先行がある3が基底にあるリズムを自動演奏させると次のようになります。
目次


